vol.11 私とフライフィッシング/塚本孝[2016.06]
それにしても難しいことに手を出してしまったものだ。 
		毛バリで魚をだまして釣り上げてしまおうというのだから・・・ 
		ところが続けてきてよかったと思える出来事が突然やってきた。
というのもスチールヘッドを手にするに至ったのだ。しかもサイズだけで言えば自己最高。 
		ただ、これまでにはいろいろあった。 
 
	フライフィッシング歴15年余り
		私が北海道に移住して20数年が過ぎた。思うところあってカミさんの生まれ故郷である札幌に住み始めた。仕事も独立して忙しくしていた。幼少期より家の外で遊ぶのが好きだった私は覚えのある釣りを始めることにした。釣りキチ三平で読んだイトウの住むという土地だから心は踊っていた。 
		最初は餌釣り。次にキャンプのついでにルアー。さらに友達の誘いでフライに手を出すに至った。今までもそうだったが納得のいくまでことを成し遂げたことなどないと言っても良いくらいの私にとってはフライフィッシングも暇つぶしのつもりで始めた。 
		ところがあまりの釣れなさにびっくりした。 
		今思えば釣れなくて当然。キャスティングはおろかフライも見よう見真似。あれで釣れていたら今日まで続けては来れなかったと思う。 
		そんな中、プロショップなるものに通いはじめ、ドライのヤマメ釣りにはまって何年かが過ぎた。 
		その時から考えると良くもまあ、これだけ釣れない日々を飽きもせず過ごしてきたものだとある意味感心する。 
		これから釣りを始めたい…という人には「フライを巻くことも楽しいし、それで魚を釣ることも楽しい。一生、飽きずに楽しめる趣味だよ。」なんてことを言って勧める。 
		あながち間違えではないと思っている。 

また、こんなことも…
「私は自分の休みを川で過ごせるだけで幸せだ」 
		私の場合、自営業なのでやったらやっただけ…という仕事です。釣りに行けると言う事は休みにまで仕事をしなくてもよく、心配事もない…という証拠だ。その時間を持てると言う事は幸せなことに違いない。 
		ただ、それもこれも魚が釣れてのことだ。 
		ましてや大きな魚を、その日に狙ったターゲットを限られた時間内にゲットするとなればさらにハードルがあがる。ここぞと思ってポイントを選んでもそこに必ず想像していたような魚が腹を空かせて待っていてくれるはずもない。 
		自分のコンディションが乱れれば思い描いた釣りさえできない。 
		世の中には「釣り勘」なるものを持っている人もいて上手に結果を出す人もいるだろう。私はそれも持ち合わせていない。そもそも釣り勘は多くの経験の中で蓄積されたデーターを積み重ね、その人の中で織り交ぜて考え抜いた結果持てるものではないだろうかと私は思う。自分にあるのは川遊びが好きな事ぐらいのものだ。
 これだけ長くやっていると身体は自分の楽な方へ癖がついている。 
		運動不足が原因ともいうべき五十肩なるものさえ釣りの邪魔をする。仕事を終え、少ない睡眠で車の運転をして釣り場にたどり着いたころにはさらに肩こりと腰痛に拍車がかかり、やっと支度を済ませて川に立った頃にはすでに辛さはピークを迎えてしまう。辛うじてアドレナリンが助けてくれている間に、幸運にも魚がフライをくわえてくれればしめたもの。少しの間は集中力が続くだろうが、空振りに終わればあとの時間はただ過ぎてゆくだけ…ということになる。 
		そして、帰路につく頃には「休みの日にこんな時間が過ごせることに感謝しなければ。明日からまた仕事でも頑張るか…」と自分を慰める。まあこの一言も間違えではないが…。 
癖の話に戻るが、キャスティングにおいて、楽な型を覚えた身体はそれが間違いだとは気づかず、さらに上塗りを繰り返す。つまり我流のキャスティングフォーム。無駄な力を使っているので疲れ易く、飛びもしない。飛ばないからさらに力を入れる。まさに負のスパイラル。風でも吹こうものなら悪化の一途をたどる。そんなことを繰り返しての十数年はたちが悪い。川のコンディションが良い時にたまには釣れてしまう事もあるのでなおさらのことだ。 
これぞと思える人との出会い

縁あってこいつはすごい・・・と思える人に出会った。オベンチャラを言うつもりはないがそれまでのフライフィッシングとは違うスタイルの釣りを教えてくれる人だった。 
		つまり奥田なる人物だ。 
		一つ一つ言う事に説得力があるし、理論立っている。一緒に釣りをしても背中がかっこいい。 
		酒飲みというところも。
 
		適当でいた自分の化けの皮などいともたやすく剥がされた。 
		それからというもの今の釣りにのめり込むことになった。スクール、プライベートを織り交ぜながら多くのことを学んだ。魚の事、北海道の川の事、釣り場の探し方、地図の見方、天気図の見方。ここで書ききれないくらいの知識を学んだ。ところがこれも私の悪い癖で、すべてをノートに書き留めていたが、そこで満足してしまっていた。活用できていなかったのだ。 
		つまり次のスクールでは前回のことが8割抜け落ちてしまっていて、初めからやり直しということが多く続いた。 
		ある時F氏と奥田氏と三人で釣りに行った帰りの車での事。釣りに対しての取り組み方のことでかなりア~だコ~だと言われたのを覚えているが、今では何を説教されたかは思い出せない。 
		釣り日記には釣りに行ったことは書き留めてあるはずだが、今日は説教された・・・ 		とは記してはいないと思う。今思えばそれも記しておけば役に立ったかもしれないが、その時は説教されたという記憶は消してしまいたかった。 
		私の心理としては苦い事、面倒なことはすべて次の日まで引っ張らないでおく癖がついている。「だってそうでしょ。そんなの引きずっていたら仕事に影響してしまうでしょ。」これが私の本音だった。いい意味で言う鈍感力だろう。この癖がこの後で災いすることになる。 
ロシア釣行

2年前、カムチャツカにキングサーモンを狙っての釣行に参加した。出発前の数カ月間、今のままでは戦えないだろうとF氏が仕事前の時間を使ってキャスティングを指導してくれた。北海道の冷え込んだ冬の朝の時間帯を使って…。自分の中では海外なんだからたっぷり釣れるつもりだった。結果、それは無残な結果に終わった。 
		2回目のロシア釣行。前年の反省も踏まえ、年が明けてから毎週のようにレッスンをしてもらい臨んだがやはり満足できなかった。1年目よりは進歩していたのはウォッカの飲み方くらいで、やはりロシアでのキングサーモンをフライでキャッチする…という目標には届かなかった。
原因は気持ちの弱さである。4日間のうちの初日に坊主でスタートすると、やはりここまで来て・・・という想いからルアーに手を出し、とりあえず1尾という甘さが出る。ルアーが簡単だというわけではないのだが、川の規模からいうと探れる範囲の広さからかなり有利に感じてしまう。結果はルアーで何とか坊主は回避というお粗末な結果に終わった。キングサーモンに至っては40cmという結果。
一方、一緒に行ったF氏は最後まで粘り、自分を信じて投げ続けて、見事フライフィッシングでキングを手にして歓喜の涙を流した。この差はあまりに大きい事だ。 
		日本に戻って、成田での後泊のこと。奥田氏とF氏と3人で反省会を兼ねての一杯やっていた席でもかなりこっ酷くやられた。「あんたは悔しくないのか。」と・・・。 
		身に染みる出来事だった。
奴もプロ。ごまかしは効かない。いわば最後通告。

昨年の秋のことだが忘れもしない十勝でのスクールでの事。 
		ついに本気の鞭が飛んできた。「いつも同じじゃないか!誰がそんなことをしろと言った?!」 
		僕らしかいない川の静寂の中に何とも言えない嫌な空気が流れた。言葉では説明しにくいが険悪な雰囲気。
		僕の口から出たセリフは「俺だって一生懸命やっているんだ!
		そんなこと言うならこんな釣り、辞めてやる!」人前ではあまり感情的にはならないようにしている私の口から出た素直な心の叫びだっただろう。そう言い放ってそっとロッドを川らに置いた 		(奥田氏はロッドを投げた…というがそこは冷静に傷がつかないように置いたんです。)。すぐさま「やばいこと言っちゃった・・・」とは思ったがもう後には引けない。 
		
		その後、ある程度の冷静さを取り戻して夕まずめの一流しをした。 
		「この人に教わる最後の一流しになるかもしれない…」 
		と思ったら集中力はマックスに達していた。 
		張り詰めた空気の中、背後から聞こえるアドバイスを漏らさず再現できるよう集中した。 
		結果、ほんの数投でレインボーがフライをくわえてくれた。25㎝くらいの魚ではあったが僕には50オーバーの魚に匹敵する経験となった。 
		「やればできるじゃないか…」の言葉は唯一の救いだった。 
		後で話してくれたが私を本気にするためにわざと私を怒らせたらしい。
		形はどうであれ「奥田流愛の鞭」である。 
		冷静になって考えてみればやはり求められている練習はできていなかった。気持ちが浮ついていた。恰好をつけているだけだった。釣りをしていながら釣りに集中できていなかった。彼が言う「スーパーサイヤ人」にはなれていなかったことを反省した。 
		つまりは気持ちの切り替えができていないのだ。それが上手になれば釣りも仕事も集中力が増してより効率が上がることを教わった。 
何故釣れないか?

現時点で僕なりに気づいていることは、魚がいないから、コンディションが悪いから、風向きが悪いから…ではなく、教えられたことを正確に練習する努力を怠けてしまうから。それを信じて集中力を最大限にしていないから…それに尽きます。一日のわずかな時間を使ってでも練習する癖をつけ、それを釣場で再現する。そうすれば、黙っていても魚はあまりにも呆気なくフライをくわえてくれる。それが答えのような気がしています。こんなことを言えるもの魚が自信をつけてくれたから。これからすべきことは次なる1尾を手にする努力を怠らないことだと思っています。 
		今回、手にできた魚は僕にとってこれからを大きく変える魚になってくれるはずです。 
		もちろん、リリースするまでの魚の扱い方、写真の撮り方、さらなる技術アップに対する練習…課題は多いです。しかし、スチールヘッドを釣った晩、平日にもかかわらず集まってお祝いしてくれた仲間がいてくれたら、その課題は楽しんでクリアしていけるはずです。
		その日は朝から喉の調子がイマイチでしたが、狙うならこの日だ…と決めていました。その晩に祝勝会という事になりお祝いしてもらったのですが、実は翌日、医者に行ったらインフルエンザだと言われ…(当然みんな仲良くインフルエンザに罹りました。)恩をあだで返すこととなったのは私らしいところかもしれません。m(__)m

 
	
