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Fisher's Column

vol.6 急性ストレス障害/坂本 隆行[2013.12]

忠類の鮭

平成23年7月、仕事で札幌へ行った機会に、奥田氏にガイドをお願いして北海道で釣りをしたことが、私がダブルハンドを振るきっかけになっている。 それまではフライフィッシングをやり出して16年程経っていたが、北陸を中心とした小渓流で、ドライフライでの釣り上がりの釣りしかやってこなかった。
何かでダブルハンドの釣りを知った時には「いつかは自分もやってみたい」と思っていたが、特集を組んだ雑誌を購入して読んではみたものの、独学ではなかなかわからないことが多くて手を出さずじまいであった。

北海道で初めて奥田氏と一緒に釣りをした時、ガイド2日目だったと思うが増水していてドライフライではなかなか魚が出て来ない状況だったらしい。
奥田氏は悩んだ末に私にウエットフライを渡し、ダウンクロスでキャストするよう指示した。
奥田氏はダブルハンドロッドに持ち替えていた。
何投目だったであろうかあっさり私に運よく魚がフッキングし、40cmアップの魚をキャッチすることが出来た。私には衝撃的であったが、奥田氏はにこりともせず、魚をカメラに収めることはさせずに私にすぐリリースさせた。
その時は本命のレインボーではなく外道だったからだと私は思ったが、実は○○○○○であったかららしい。
このことを奥田氏はすっかり忘れてしまっているが、私にとっては自分の釣りの大きな転機になっている。

すでにガイド初日に奥田氏のシングルハンドでの釣りを見てその技術に驚いたが、奥田氏がダブルハンドの釣りもすることを知り、これを機会に奥田氏からダブルハンドの釣りを教えてもらってやってみようと思い立った。
そして準備をし、その年11月のアメマス釣りでダブルハンドデビュー。数匹のアメマスを釣ることができた。
本州に帰ってからも早速新潟・荒川の鮭釣りに行き、これまた運よく1匹キャッチすることができ完全にはまってしまった。
翌24年の3月には魚野川に毎週通うようになった。
しかし、後から奥田氏に聞いたことだが、私が一人で川に行くのは理由があってあまり快く思っていなかったらしい。
その理由を後から身をもって体験し知ることになる。

ヒット!

私は50cmアップの雪代イワナを狙って3月の解禁後の魚野川に通い出していた。
いつものように高速道を走り小出インターで降りる。
その日は降雪もなく、風は穏やかで、曇ってはいたが比較的暖かな日だったと思う。
雪代もまだ出ておらず水量は少なめであった。
しかし、水温は3度。かなり冷たい。
夕方まで3つのポイントしか探れておらず、当たりも一度もないままであった。
何とかもう1つポイントを探り、魚の顔を拝みたかった。
次のポイントに移ろうと、私は瀬尻の浅い流れを対岸に渡ろうとした。
膝下の浅い流れであったがちょっと流れが速かったため、一応用心のためにウェーディングスタッフを出して慎重に歩いているつもりだった。
後から考えるとかなり無謀なことをしていたのだと思う。
そんな浅い流れでもウェーディングスタッフを出すことを考えなければならない流速である。
奥田氏が言うには、ブーツフットのウエ―ダーであったため、足元に受ける抵抗が大きかったことも原因としてあるらしい。何歩も歩かないうちに足元をすくわれ転倒してしまった。転倒してしまうと浅い流れでも流れが速くて立ち上がることができない。あっという間に流され、すぐ下の瀬に落とされてしまった。瀬頭の速い流れではどうすることもできず、流れに身を任せるしかなかった。
後から教えてもらったことだが、転倒するとウェーダー内の空気で足元が水面に浮いてしまい、反対に上半身は沈んで水中で逆さ吊りの状態になって溺れてしまうのだそうである。
確かに足は水面にぷっかりと浮いてしまい、上体を浮かせて水面から顔を出すのが難しくなった。この時はさすがに生まれて初めて死ぬかもしれないと思った。魚野川が三途の川である。

魚野川

しかし、こういう時には何故か妙に冷静になれるものである。
肩にかけていたフィッシングバックに浮力があることに気付き、そのバックを胸に抱えてうつ伏せで上半身を浮かすことができた。
胸のポケットに入れていた防寒用のグローブが、私より先に流されて行くのが見えた。
流されながら○○大橋をくぐった。誰かに見られたら大騒ぎになっていただろう。
左手には釣り竿を、右手にはウェーディングスタッフをまだ握っていた。バックのお陰でまだ余裕があったのだろうと思う。
流されながら時々ウェーディングスタッフで川底を突き、水深を確かめた。しばらくしてやっと背が立ちそうな流れまで来た。そこで一気に立ち上がった。ウェーダー内に水が入ってくる。体がひどく重くなったが、岸までゆっくり上がることが出来た。
…助かったと思った。
呼吸がひどく荒い。しばらくして極端に体が震えてきた。水温3度だから無理もない。溺れなくとも長引いていたら危なかった。
車内で下着一枚になってエアコンを最大にしたが、しばらく震えは止まらなかった。
後から見ると150mから200m位は流されていた。死んでもおかしくなかったとぞっとした。

その晩はぼうっとしていることが多かった。
流された状況がたびたび思い出された。
なかなか寝つけそうにもなかったので抗不安薬を飲んだ。
1週間後には懲りずにまた同じ川に立っていたが、流された場所は避けていた。
精神障害の病態の一つに急性ストレス障害というものがある。
診断基準として、生死に関わるような強い恐怖やショックなどの心的外傷(トラウマ)を体験した後、再体験症状(トラウマの場面が繰り返し思い出されるなど)や過覚醒症状(神経が高ぶり、不安に襲われ、不眠に陥ることがあるなど)、回避症状(トラウマを連想するような場面との遭遇や事柄を極度に避けようとするなど)、感情麻痺(ぼうっとするなど)を呈してくると診断は可能である。
因みに、阪神大震災でも有名になったが、急性ストレス障害の症状が1カ月以上遷延すると外傷後ストレス障害(PTSD)という診断に変更される。
私の状態は急性ストレス障害だと思った。
軽度であり、1カ月以上遷延することはなく幸いであった。

奥田氏が言うには、それまでの私は結構危ない所まで立ち込むのだそうで、彼を結構ひやひやさせていたらしい。
後ろから奥田氏に大声で「ストップ!」と叫ばれることもあった。
自分で流されて初めて、それまでの自分の行為がどんなに危ないものか改めて気付かされた。
その後の私はかなりのビビり屋になったと思っているが、それでも奥田氏に言わすと今でも危なっかしいことが自分にはあるらしい。

本流のフライフィッシング

今度流されたら助かる自信は全くない。
十分に気を付けねばならない。(助かった命を大事にしようと改めて思い、その年の秋に私は敬遠していた胃カメラを初めて飲んだ。)
本流の釣りをされる方は十分に慎重を期して安全を図ってもらいたい。
油断や過信は禁物である。
少しでも不安に思ったら無理をしないことである。
ウェーディングスタッフは転ばぬ先の杖である。
転倒してからでは何の役にも立たない。
いや、経験的には流された時に水深を測って立ち上がるタイミングを図る道具にはなろう。
最悪の場合には冷静に対処することが必要であり慌てないことある。
しかし、言うまでもなくそれ以前に流されないように万全を期することが必要である。
(了)

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