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Fisher's Column

vol.11 道産子 海を渡る/網島 一樹[2013.12]

青函フェリー

「本州にも素晴らしい川があった。それは言葉ではとても説明できない。」目を輝かせて語る友人のその言葉に心を動かされた。
本流の釣りを始めて一年後、自分は山形にいた。考えてみれば無謀なこととも思ったが、今では本流での釣りが何も分からないあの時にこそ行って良かったと実感している。
一年目、当然、魚釣り自体成立するわけもなく、散々な結果に終わった。桜鱒の泳ぐ川を目の前に、投げれない、入れれない、見せれない。それ以前に魚の着き場もまったく分からなかったから立ち位置さえ決められない…という、思えば釣りをしてるフリしかしてなかったのである。美しい桜の咲く時期に夢の桜鱒が遡上する川でシャドウフィッシング…仕舞いには川からあがりキャスティング練習をする始末だった。
「俺は何しにここへ来たんだ…」最終日僕は帽子を脱ぎ川に一礼して帰路についた。

散々な目にあってきたのになぜ行って良かったと思えるか…?
北海道で釣りをしてる時には魚がそこそこ釣れていた。奥田さんに基本を教えてもらい、一緒に釣行した時には奥田さんの釣りを目に焼き付けて表面的だけど見よう見まねで釣れていた。
しかしこれが良くなかったのだ。北海道での釣りを振り返ると自分が釣っていたのは自分の技量で釣れる時期に釣れる魚をキャスティングのできる風で、届く流れで、投げれるフライで・・・と自分にとって都合の良い状況でしか釣れていなかったのだ。しかも見よう見真似で同じ事をしているようでも、実際には肝心なことを見ていなかったり、分かっていないので本当に表面だけの真似っこだった。
当然、春の山形はそんな好条件であるわけもなく、川に相手にしてもらえなかったのは当たり前のことである。
初めての山形釣行では多くの事に気付かされ、これが自分にとって大きな収穫となって常に桜鱒を意識するようになった。散々な目にあったことによってその後の北海道での釣りが大きく変わったのだ。
一年間、桜鱒を夢見ながらキャスティング練習し、タイイングし、北海道で釣りをした。そして二度目の山形釣行。
結果は桜鱒を釣る事は出来なかったが、自分は釣りをした。以前届かなかった流れにフライを流している。集中したし、来るかも…と思ってドキドキできた。魚には相手にしてもらえなかったが、川には相手にしてもらえたのである。(実際には川に相手にしてもらったかも定かではないのだが。)

鳥海山と日向川
「魚は沢山いるけど簡単に釣れないから安心しな」と笑顔で言う奥田さん。でも本人は釣っているし、そう言われると余計に釣りたくなる。二年目にして新たな疑問や課題ができたが、乗り越えようと思ったらやはり北海道でこの釣りを続けていくしかないかもしれない。続けた者にしか見えない世界がきっとあるはずだし、続けることでまた新たな疑問や課題が出てくるのだろう。
その他にも感じた事はたくさんある。道中の朝霧に包まれた白神山地。そして桜が咲き誇る瓦屋根と白壁の町並み。その先には朝日に輝く鳥海山が…。僕はすべてに心を打たれた。そして友人の「言葉では説明できない」という事が理解できた。
美しい桜咲く季節に日本的な風土が残ってる土地で桜鱒を狙って思い切り釣りをする・・・。やっぱり言葉では説明できない。
今でも瞼を閉じれば景色がよみがえってくる。途中、最上川や赤川にも立ち寄ったが川の規模の大きさに驚かされた。しかも本州の釣り人が石狩川の下流域ほどの規模がある川で平然と竿を出しているのにもさらに驚かされた。

そして4年目。三度目の春の山形に立った。
初挑戦から3年間北海道で釣りを続けてきた。初めての流れにもどんどん挑戦した結果、川の流れを見て怖気づくのではなく、ドキドキし気持ちが高揚するようになっていた。
一方で、河原でキャスティング練習するはめになり釣りが成立することなく帰った時に比べ、どれだけ成長したか分からずに不安ではあった。
そんな不安も抱えつつ釣り始めた二投目。まさかだった…
確かにキャスティングが上達し余力ができた分フライを泳がすタナを意識し釣りをしていたが、着いて二投目でドンッとくるとは本当にまさかだった。今回のフックは自分に出来る最大限の工夫をし魚の口に触れたら絶対にかかる!と思っていたのに外れるとは…これもまさかだった。甘くはなかった。

「神様早すぎるだろう…」自分の今までの釣り人生、そしてこれからの釣り人生が終わった…本当にそう思った。(奥田さんに本当に難しい釣りだと何度も聞かされていたためです)
その先40mの釣り下りは自分でも呆れるほどで、ワンキャストワントラブル。ラインはいつも以上にことごとく絡まってしまった。
釣りとは本当に精神面が影響するものだと実感しつつ、いったん河原に上がりランニングラインと心のぐじゃぐじゃをバッサリ切った。
気を取り直して釣り下ること数投目。またドンッときた。今度はしっかり針掛したようなので間髪入れずに合わせを入れた。あとはもう無我夢中。一匹目の魚のこともありこの魚は絶対にとる!と頭で念じていたつもりだったが、実際はかなりの声で「絶対とる!絶対とる!」と何度も言っていたようだ。
そして僕は庄内の河原に横たわるきれいな桜をついに見る事ができた。
その桜は白く薄紅色に輝き、僕はいつまでも見つめていた…

念願のサクラマスがヒット!

本気でドキドキしながら遊びたい。今ではこれが釣りの本当の楽しみではないのかと思っている。そのために技術や状況判断力が必要なのだと感じている。
以前は結果にこだわり過ぎていた為、魚釣り自体が本当に楽しい遊びなのかさえも見失っていた。周りの釣果も気になった。実はこれが技術や意識の向上の妨げになっていたのではないかと思っている。
「結果は魚が教えてくれる」と奥田さんも言っているし、実際に全て自己判断の釣行においてマグレはないと思っている。晴れていても豪雨でも吹雪でも増水していても熊がいても…自分で行き先を決めるのだから自分の責任なのである。その中で選んだポイント、ライン、リーダー、フライのバランス、フライのサイズ、色、動き、タナから立ち位置、角度、魚がかかった後はフッキングから取り込みに至るまで全てが合わないと釣れないのだから簡単に釣れるわけがないのである。
初めての流れ、見知らぬ土地の新しい川で釣りをする、あるいはそれを目指す事によって自分の至らなさややるべき事が見えてくる。それは北海道でも言えることでいつも同じ川の同じポイントで釣りをしていては決して気付かないことが沢山ある。どんどん新しい川に挑戦することによって自分の技量で通用しない流れも沢山あることが発見できる。そこを攻略するにはどうしたら良いか考え、次にその川に立ったときにドキドキできれば、半分は自分自身に勝ったようなものだ。しかもこれをサラリーマンの数少ない休みの中でやるのだからこんな楽しい遊びは他にないと思うようにしている。(笑)

日向川

魚釣りは決して沢山釣った者勝ちでもなく、大きな魚を釣った者勝ちでもなく、心から純粋に釣りを楽しめた者勝ちだと思うし、結果は必ず後からついてきて、答えはすべて魚が出してくれるはず。
自分は釣りを始めて15年ほどだが、やっと今魚釣りの本当の楽しさがほんの少しだけ分かってきたような気がする。渓流の釣り、湖の釣り、海の釣り、本流の釣り、自分に釣りの楽しさを教えてくれた人や、一緒に釣りに行ってくれる仲間。そしてなにより、この釣りの全てを教えてくれた奥田さんに感謝している。たった3年で、キャスティングさえままならなかった自分を本流で桜鱒を本気で狙えるように技術的にも精神的にも大きくしてくれたことに驚きさえ感じる。
自分は決して器用じゃないし、何をするにも人三倍時間がかかってしまうたちなので尚更だ。
この先にはカムチャッカのキングサーモン、トンプソンのスティールヘッドそして九頭竜の桜鱒が…(言うだけはただなので。)
しかし今の実力では九頭竜川で撃沈することは明らか。これからも北海道で釣りを続け、今は霞んでぼんやりしていることを少しでもピントを合わせ、技術も向上しないといけない。と考えるとそれだけでワクワクするようなようなしないような。(魚釣りには心が折れそうになる時も多々あるので)(笑)
(了)

念願のサクラマス

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