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プロフィール

奥田 巌啓
奥田 巌啓(おくだ みちひろ)
1969年7月11日 愛知県小牧市生まれ
[ 社団法人全日本釣り団体協議会公認 フィッシングマスター ]

4歳の時、山好きだった両親に連れられ奥飛騨へ。民宿のおじさんに連れられて蒲田川へ行き、おじさんの釣ったニジマスに一目惚れをして釣りを始める。
小学校に入りルアーフィッシングを覚え、バスやライギョ、ナマズなどを釣っていたが、親戚のおじの形見にもらった毛ばりが蒲田のニジマスを思い出させ、テンカラを始めた。
中学に入りフライフィッシングを始め、田渕義雄氏の『フライフィッシング教書』を引っさげて、普段は近所の野池や川で練習。週末には父の車で川へ行った。やがてチャリダーとなり、高校へ。
高校時代、学校に内緒で原付免許を取り(翌日にはしっかり呼び出しをくらったが…)ライダーとなった。週末の徹夜はこの頃から。
夜な夜な岐阜や長野の渓流をめざし、真っ暗になるまで釣りをしてフラフラしながら帰ってくる。解禁の頃、凍りつく夜道、スタンドのおじさんがくれた缶コーヒー。すれ違いにピースサインをくれたライダー。何ともうれしかった。
大学で上京するとまもなくバイクが大きくなり、北海道通いが始まった。
1週間のつもりが2週間、3週間…。ついには年に6度もとなり、大学には5年間通った。
社会人になってからも北海道病は治まらず、親戚を何度も殺した。さらに転職するたびに北海道で釣り三昧。かなりの重症となり、2001年夏、念願の北海道移住となった。

本州にいた頃、私と知り合ってしまったために、小遣いと休日のほとんどを釣りに費やした友人がいた。
彼は高価な材料を使ってせっせとフライを作り、週末になると私と『釣れない釣り』に出かけた。彼はしょっちゅう夢の中で大物を掛けていた。しかし、いざ取り込んでみると大きかったはずの魚が小さくなってしまっていたそうだ。
何とか釣ってもらいたい一心で、共に北海道に遠征。念願の初物、しかも大物を掛けた。その時の彼の顔は今でも忘れられない。「夢の中の魚が大きくなった。」とうれしそうに話す彼を見て、私も本当にうれしかった。ガムシャラに一人で釣りをしていた時には味わえなかった喜びがそこにあった。

北海道大陸を夢見て年間たくさんの釣り人が北海道を訪れている。私自身そうだった。何度も北海道の洗礼を浴び、撃沈してしまったこともある。そんな私には満足していただけるだけの『穴場』などというものは持ち合わせていないのかもしれないが、少しでもいい釣りを楽しんで頂けたら…と願っています。そして、その喜びを少しだけ分けていただけたら幸いです。

※2001年、ガイド業を始めるにあたって記したプロフィールです。初心を忘れずこれからも精進します。

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